1930年代のアメリカ経済

フランクリン・デラノ・ローズベルト(FDR)は、1882年、ニューヨーク州ハドソン川流域の大地主で名門の家柄に生まれました。


セオドア・ローズベルトとは遠縁にあたります。


名門の子弟の型通りグロートン校、ハーバード大学、コロンビア大学法律大学院で教育を受けます。


政界入りは1910年、29歳のときニューヨーク州議会上院議員に当選してからです。


1912年、ウィルソン大統領のひきで海軍次官補に就任。


この時期にウィルソンと接して、リベラルとしての信念を強めています。


1920年の大統領選では副大統領候補に指名されましたが、共和党のハーディングに敗れました。


しかし翌21年に彼に不幸が起こります。


小児麻痺にかかって足が不自由となったからです。


彼はその後7年間の闘病生活においてその苦しみに耐え抜き、1928年に政界に復帰。


足は終生不自由でしたが、強じんな精神力でこれを補いました。


この年民主党のアル・スミスは大統領選でフーバーに敗れますが、ローズベルトはニューヨーク州知事に当選します。


2年後再選され、大統領候補に指名されました。


大恐慌の渦中における1932年の大統領選挙では勝敗は明白でした。


ローズベルトはフーバーの1600万票弱を大きく上回る2300万票をとり、圧倒的な勝利を収めます。

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