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2010年08月 アーカイブ

1930年代のアメリカ経済 3

選挙以来、ローズベルトのために演説草稿を用意したり、ニューディール政策のシナリオを書いた、いわゆる「ブレイントラスト」には、3人のコロンビア大学教授レイモンド・モーリー、レックスフォード・G・タグウェル、アドルフ・A・バーリや、財界から派遣されたヒュー・ジョンソンなどの若くてすぐれた人たちがいました。


これらのニューディーラーたちが、新大統領の最初の100日間におびただしい数の法案を議会に送りこみ、これを通過させたのです。


これが「第一次ニューディール」です。


法律のなかには相互に矛盾するものもあったり、憲法上疑義のあるものもあり、中身も財界寄り、農民寄り、労働者寄り、さまざまでした。


しかし、ともあれ差し迫った危機は彼の早業的行動によって回避され、一応資本主義の瓦解だけはどうにか免れたことだけはたしかでした。


100日間の成果として数多くの法律のなかで注目されたのは、AAA(農業調整法)とNIRA(全国産業復興法)です。


共和党政権下では農産物価格が低落し、恐慌でいっそう拍車をかけられましたが、これに対し政府はまったく無策でした。


AAAは1909~14年の好況期の価格を基準として「平衡価格」を設定し、この価格水準に達することを目標に、生産削減により一定の基本農産物(小麦、とうもろこし、綿花など)の価格を支持することがねらいでした。

1930年代のアメリカ経済 4

AAAは狭い意味では成功しました。


というのは、かんばつも手伝って価格が大幅に引き上げられ、全体としての農業所得もかなり増えたからです。


しかし、AAAの利益が地主と小作人の間でうまく分配されず、小作人は強制的に農地から引き離されるという悲劇が、とくに南部ではよくみられました。


スタインベックの小説『怒りの葡萄』(ジョン・フォードが映画化)は、この小作人の悲劇をよく表現しています。


これに対し、NIRAのほうは労資間で対立しましたが、全般的には資本側に有利な法律となりました。


というのは法案の第7条は、いわば労働条項にあたっており、とくに被雇用者の団結権と団体交渉権が規定されていました。


そのため、資本側には不満はありましたが、いわゆる「産業の自治」の原則がたっぷりと盛りこまれ、その結果反トラスト法の停止、政府が認可する産業の組織化などが認められたのです。


この法律に基づき、全国復興局(NRA)が設立され、ブレイントラストの1人ヒュー・ジョンソンが長官となりました。


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