1930年代のアメリカ経済 4
AAAは狭い意味では成功しました。
というのは、かんばつも手伝って価格が大幅に引き上げられ、全体としての農業所得もかなり増えたからです。
しかし、AAAの利益が地主と小作人の間でうまく分配されず、小作人は強制的に農地から引き離されるという悲劇が、とくに南部ではよくみられました。
スタインベックの小説『怒りの葡萄』(ジョン・フォードが映画化)は、この小作人の悲劇をよく表現しています。
これに対し、NIRAのほうは労資間で対立しましたが、全般的には資本側に有利な法律となりました。
というのは法案の第7条は、いわば労働条項にあたっており、とくに被雇用者の団結権と団体交渉権が規定されていました。
そのため、資本側には不満はありましたが、いわゆる「産業の自治」の原則がたっぷりと盛りこまれ、その結果反トラスト法の停止、政府が認可する産業の組織化などが認められたのです。
この法律に基づき、全国復興局(NRA)が設立され、ブレイントラストの1人ヒュー・ジョンソンが長官となりました。