ある男のつぶやき 3
「うまくいってるかね」。
「えi、むう自分でなんとかトイレに行きますし、食事も時間はかかってもなんとか食べられるようになりましたので。
もちろん、後は掃除して歩かねばなりせんがそれでも大助かりです」。
「それはよかった」。
あす三日間の研修が終わると彼はすぐ帰る、と言う。
男は少し肩の荷を下ろした感じになったのだが、「三日も私が家を空けたら、女房が泣きますから」という言葉に依然として続いている彼の家の大変さが窺われた。
健康な子の何倍も苦労して育てても、親は子から少なくとも物質的にはなんの見返りも期待できない。
それにしても、なぜわが子が、という問いも、なぜ自分たちだけが、という問いも親はもう問い尽くしたであろう。
流れる涙が彼の心を磨き上げているのだろうか。
部下明るい口調に胸を打たれた。
郊外の男の家辺りは、昔は辺鄙な山野であった。
近くの百貨店のある町までひと山越えて買い物にでる。
今は麓からずっと開発されて住宅地が連なっているが、その山の頂上付近に、窓という窓に格子戸を嵌めた病院がある。
昔、人里離れた処につくった精神病院である。
男は妻と買い物にゆくたびに、車でその病院の門の前を通る。
入院のできる精神科はたしかに山の中にあったりしますね。