ある男のつぶやき 7
その夢をかなえぬまま、五年ほどたって父は死んだ。
父が就職のときしてくれたのは、新調の背広とこの紹介状だった。
今にして思えば、その五人の人はみな一角の人物で、その後、新聞や雑誌で名を知られるようになった人もいた。
若気の至りで、自分の息子をいうのに「せめて愚息なだ許せるが、豚児とはなんだ」と鼻白んで、上京後もこれらの人を訪ねなかった。
だがあのとき父は、紹介状を二通書いて、一部をこうして保存していたのだ。
男の息子は私立大学を出て、まずまずの会社への就職が無事決まった。
コネらしいコネもなく、実力での合格で男は喜んだ。
だが、会社の就職前の研修が始まると、息子の機嫌が毎日悪くなり、"あんな会社嫌いだ"と時々漏らし始めた。
会社がまるで、大学の体育会のようで、たった二、三年先輩の社員が「お前、お前」を連発する。
暴力こそ振るわないが、「これくらいで会社に合わないと思う者は、今辞めたほうが身のためだ」と言う。
「どこの会社も似たようなものさ。
いろんな人間が世の中にはいるのさ。
会社は金儲けが目的で、仲良し会ではないから。
辛抱して長く勤めたものが、最後は勝ちだよ」。
男は一生懸命息子を励ましている。
妻は「あの子は何も心配かけない子だったのに。
優しい子に育てすぎたのよ。
私たちが家で世の中の現実を教えなさすぎたのよ」と予想外の成り行きにオロオロしている。
やはり、学生時代と違って本当に社会は厳しいですからね。