自然の花園4

とはいえ、このメドウ・ステッペは低地に低湿原をはさんでいるので、そこから吸血性の虻が大発生する。

ちょうど七月~八月の花の頃は虻の大発生期となり、昼間は人も馬も野外行動がほとんどできないようになる。

メドウ・ステッペの花園は、地獄の花園のようなものだということもできよう。

美しい自然はそれなりにまたきびしい代償をも要求してくる。

春の道端に咲くスミレ、タンポポ、レンゲソウの花は子ども時代を農村で過ごした人びとにとっては、なつかしく、親しみのある花であろう。

これらの花 種は雑草とよばれる植物で、人間が生活のため自然破壊をした環境に適応しているものであって、純然たる野性の生態系に適応しているものではない。

スミレは「万葉集」の中にもうたわれているが、レンゲは登場しない。

レンゲは古く奈良朝の頃になって、中国の江南地方から、たぶん意図的に導入したものらしい。

タンポポもまた万葉集に出てこない。

自然の花園3

このチェルノーゼムはウクライナに広大にあり、それからシベリアに、中央アジアの乾燥地の北方、シベリアのタイガとよばれる森林帯の間に細長く東アジアに連なっている。

それはシベリア鉄道のルートとだいたい一致している、というより、シベリア鉄道はチェルノーゼムの帯の上に引かれたのである。

このチェルノーゼムの帯は極東まできて、ふたた大きい面積にひろがてくる。

小興安嶺のメドウ・ステッペはそのひろがった部分にあたっている。

日本に比較的近い所にこんなものがあるのだ。

チェルノーゼムは野菜 種などの農業によい土なので、ウクライナではほとんど開墾されてしまったようだし、北満では私が旅行した当時は手つかずのまま残っていたが、いまは新中国になって、さだめし開墾が進んでしまっていることだろう。

この美しい原野の価値をよく認識して、保護の手が充分はかられることを望まずにはいられない。

集団できちっと支え合う

集団できちっと支え合っているのが日本の会社だというの風潮があります。


これは別の日本の会社でほんとうにあった話ですが、アメリカ流のパネルで仕切ったオフィス配置が導入されたときに、最初にとりあえず課長だけパネルで仕切ってみたら、課長は皆の姿が見えないのが不安になり、靴を脱いでは椅子の上に立ち上がって、皆どうしているかとあたりを見回したというのです。


結局、椅子をパネルの外に出して、皆と一緒に座るようになって落ち着いたということですが。


なんでしょうね。まったく。


子猫の姿が見えずに心配する親猫みたいなものでしょうか。


ところで、先日クロス張替えをしました。


真っ白にしたんです。


汚れが目立つけれど、やっぱり白の方が部屋が広く見えます(*・ω・)ノ

ブドウ園を襲った菌

ワイン市場にとってアメリカ合衆国から大変な災禍が舞い込んでくる。
最初のは、普仏戦争一年前の一八六九年にアルザス各地のブドウ園を襲ったオイディウム病で、合衆国産のキノコに発生したミリディウム菌に同定されるオイディウム菌が葉を蝕み、ブドウ樹の生長を妨げて、未成熟の実を落としてしまうものです。
それゆえ、この実からつくったワインはアルコール度が低く、味はすこぶるに悪かった。
さらに七年後の一八七六年には、やはり合衆国からボルドーに研究用として輸入されたブドウの苗木に付着してきた、別名「ブドウ風」とも呼ばれる害虫フィロクセラが、ついにアルザスにも出現します。
六三年にローヌ河畔のブドウ園を初めて襲ったあと、七〇年にはオーストリア、八三年にはイタリア、そして九五年以降にはドイツにまで拡がったといいます。
僅か二年余にヨーロッパ人口のおよそ三分の一を死に追いやったとされる、あの黒死病と較べれば、生命の木たるブドウ樹の伝染病の方は、確かに被害の進行の点ではるかに遅々としたものではあったが、それでもフランス一国で、六三年から二〇年間に一〇〇万ヘクタールのブドウ園に壊滅的な打撃を与えています。

店員さんの顔が見れない通販だと、ワインの通販の口コミがあると、お店のこだわりや実際の評価など様々な情報が集められるので、良いですね。

自然の花園2

花の間を歩きまわるのは容易で、よく見ると下生えの小型の草の花も多い。

そして丘陵の上にはシラカバの疎林があり、その尾根の上にはウスユキソウの花が咲いている。

日本人の目からみて、奇異でもなんでもないありふれた花だが、みごとに集団美となっている。

これがメドウ・ステッペの花の群落である(図IV-1)。

ペンタキープがないのにこれだけの花が咲いているのが驚きだ。

メドウ・ステッペはチェルノーゼムとよばれる黒土の上にできた草原である。

ロシアのウクライナ地方で、乾燥しきったステッペと針葉樹林帯の中間に膨大な面積を占めている。

その母体のチェルノーゼムという土は、何十万年ものあいだ毎年その上の草が枯れ、天から降下した風塵の土と混じった腐植質からできた土で、石はまったくなく、柔らかで水もちはよく、養分に富み、農業をやるのにいちばんすぐれた土という評価を受けている。

レタリングに必要なこと

木炭、クレヨン、パステルなどを使ってロゴレタリングした場合は、かならず、定着スプレーを吹きつけておくようにします。
特に、木炭とパステルは、紙の上に粉がのっているという状態なので、書き終わりと同時に、定着させなければなりません。
油陛マーカーで書いたあとに、スプレーを吹きつけると、マーカーの色がにじんでしまうことがあります。
別の紙で、よくテストしてから書くようにしましょう。
用具によっては、消しゴムを使うと、こすれてしまうものがあります。
コンテ、クレヨンなどでロゴレタリングする場合、エンピツの下書きは、できるだけうすく書いておくようにします。
また、用具に対して、使用する紙の選択も大切です。
表面のザラザラした紙、厚くてコシのある紙など、いろいろと書き味をためしてみることも、ロゴレタリングの効果をあげることになります。
用具と紙の柑性を考えて、用具に合った紙を選ぶようにしましょう。

ロゴ作成のためには今回紹介したようなことを知っておくと役に立つかもしれません。

自然の花園1

アラスカには低地に高山植物がたくさん出現しているので、それを見るのは容易なようであるが、夏の開花期には蚊の大群におそわれることがあるので注意が必要である。

中国東北部大平野の北辺、黒竜江の南側に小興安嶺というさざなみのように重なった丘陵性の山脈がある。

そこにメドウ・ステッペの花園がひろがる。

とうぜん、自然保護のため花 種を取って帰ることはできない。

私は昭和十五年の夏にそこを南から北へ一直線、黒竜江の岸まで旅行し、その美しさに一目惚れしてしまった。

丘陵の間の低地中腹は花園になる。

オミナエシ、キキョウ、ワレモコウ、ナデシコ、リンドウ、ヤツシロソウ、フクロソウ、シオン、トウヒレン、カラマツソウ、ヤナギタンポポ、ツリガネニンジンなどのような、日本の秋の七草の花そのもの、またはそのごく近縁種が咲き出してくる。

オミナエシの多い所は黄色の原に、キキョウは紫色の原に、カラマツソウは白い花園になったりしている。

ある男のつぶやき 6

人間はなんと神秘なものか」と男は思わずにはいられないのだ。

「自分で食事ができ、トイレに行ける子を持って、それで不満を言ったらバチが当たりますよ。

期待や欲を捨てると、子供のいいところだけ見えますよ」男は部下が言っていたひと言を思い浮かべた。

手の跡が残りそうに息子の手をしっかりと握っていた、駅の階段で見た親子のことを男はまた思い出している。

男の息子がこの春、晴れて社会に出る。

一区切りついた、そんな思いで男は郷里に帰り、久し振りに実家の仏前に手を合わせた。

そのとき、母が「お前、覚えているかね」と仏壇の引き出しから、一包みの封筒を取り出して手渡した。

手紙と見覚えのある「豚児をよろしく」、と書き入れた父の名刺が五通、束になっている。

「お前は親戚で最初に上京する。

うちには本当の親戚は東京にいない。

一人で頑張れ。

だが、困ったときは、この人たちを訪ねよ」突然、三〇年前の就職を控えていた三月のことが、昨日のことのように男の胸に甦った。

息子が就職のたあに上京する。

まだ新幹線もない、汽車で丸一日かけないと、東京にいけなかったころの話だ。

「お前が落ち着いたら、お母さんと一度上京する。

それが夢だ」。


なかなかいいこと言う部下ですね。

ある男のつぶやき 5

他人の目に触れてはかわいそうだ、伸び伸び庭で遊ばせてやりたいと、家人が周囲に塀を巡らした。

それから一五年、今年突然塀をとりはずしていたのだ。

「奥さんがね、近所の人に『工事の音がしますがよろしく』と挨拶に見えたのですって。

その時に、奥さんが『子供が私を育ててくれました。

恥ずかしい親でした』とおっしゃったそうよ」ただ一度の人生で巡り合った親と子。

一家は人目を避け、障害を持つ子を必死に育ててきた。

多くの親のように運動会で走る子の姿も、試験の一〇〇点の成績表も、親は一度も目にしながったであろう。

子が将来、親に何かの見返りをしてくれることなど、期待していないし、できなかったにちがいない。

ただ、家族ぐるみできょう一日を乗り切ろうと、一五年間育ててきた。

恥も外聞も捨て、おそらく自分を捨てて、親はただ子に尽くして、尽くして生きた。

「そこに何を見たのだろう」男は、他人の不幸を見て、自分を慰め、ほかの子と比較してうちの子もまだましか、と安心するという世間一般の男である。

聖人でも君子でもない。

だがしかし、「塀をも溶かした親と子の力とは何だったのだろう。

親は子に何を見、何を学んだのであろう。

なんだか、自分の子が障害がなく健常なだけでも感謝しなきゃいけないんですがね。

PCについて

パソコンは個人向けの大きさとか性能だったり価格を持っていて、実際に使用する人が直接操作できるように作られたコンピューターのことですよ。

従来のメインフレームなどの汎用コンピューターって、大型で、しかも高価であったため巨大なデータ処理を切れ目なく行うためや多数のユーザーが同時使用するために、

専任のオペレータを介してバッチ処理やタイムシェアリングを行っていたのだそうですが、

比較的低価格なミニコンピューター、パソコンの普及によりコンピュータを個人で独占使用することが広く行われるようになりました。

現在、北米では家庭に平均2台のコンピューターがあると言われています。

パソコンの種類にはデスクトップ、ノートブック、タブレットPCなどがあるがアーキテクチャ的にはほとんど同じものですよ。

ネットに繋げたり、パソコンも同時に買いたいって思っているのであれば、イーモバイル市場がオススメです。